この1年、いろいろとアニメを見てきたわけだけど、そのなかでいちばんひどいと思ったものをあげてみることにした。
年の暮れにネガティブな感情をはきだすのもどうかとは思うけど、除夜の鐘は108つの煩悩が云々とか言うくらいだし、今年の穢れは今年のうちに落としておくべきなのだ、たぶん。
とはいうものの、もともと、私は何かに対して怒りを感じることがあまりないほうだ。
ヤマカンこと山本寛監督が
ファミマの社長クラスの出たがりだとか、そんなのはどうでもいい。客商売なんだから、多少、出たがりなくらいでちょうどいいんじゃないかと思うし。
それじゃ、今年一年を振り返って、何に腹が立ったか?これ。
マクロスfrontierマクロスは初代しか見てないので、このシリーズに対しては特になんの思いいれもない。それでも毎回楽しみにしてた。
このアニメはランカとシェリルという二人のアイドルと主人公であるアルトとのあいだの三角関係を軸として物語は回っていく。2chはあまり見ないのでよく知らないけど、ランカ派とシェリル派にわかれて、内ゲバしたりなんてこともあったらしい。
私はどちらかといえば、シェリルのほうが好きだったので、シェリルと結ばれるといいのになあとか思いながら見てた。
そして最終回。
シェリルが歌っていた。
ランカが歌っていた。
シェリルとランカが歌っていた。
戦いに勝った。
「これからもわたしたちは恋のライバルよ。精進しましょう」みたいな流れ。
終わり。
( ゚д゚)ポカーンってなった・・・・。
なんだ、これ?三角関係に決着がついてないじゃないか。ろくでもない終わりかただ。
だけど、この時点ではとてつもなくひどいとは思わなかったし、怒りも感じなかった。というのも、ひどい終わりかたをしたアニメなんて、今まで散々見てきているわけで、そのリストの末尾にマクロスFが一つ加わったところで、どうってことはない。それに劇場版で決着をつける気なのかもしれないとも思ったし。
だから、そんなに腹を立てたわけじゃなかったのだ。この河森正治総監督のインタビューを読むまでは。
-ふたりとも助かって良かったんですけど、これからアルトはどうするんですか?
河森 「どっちとゴールインするかも、すっごい迷ったんですけど、まあ何でもかんでも白黒付けたがる流れに抵抗してみました(笑)。世の中、そんな簡単には行かないんじゃないのって」
-じゃあ、ある意味どちらも肯定しちゃったんですね。
河森 「そうそう。この地球においては一夫多妻の社会も一妻多夫の世界も、今でも現実にあって、そちらのほうが人類の歴史の中ではノーマルじゃないかと。一夫一妻制って実はものすごーく歴史が浅いということを、現代の日本では忘れられていますよね」
「マクロスF」最終回の結末について~河森正治総監督と中村悠一さん~
なんだこの言い草は?いくらなんでも、これはないだろうと思った。
一夫多妻制、一妻多夫制、一夫一妻制。
どのシステムが優れているのか、妥当なのか。それは知らないし、わからない。
だけど、システムというものは人間の感情を生む。物語という観点から見れば、その単純な事実のほうがずっと重要だ。
アルトを巡って、ランカもシェリルもともに焦り、傷つき、苦しむわけだけど、これは一夫一妻制を前提としてるからだ。選ばれるのが「わたしかあの娘」のどちらかだと思ってるからこそ、彼女たちは必死だった。
一夫一妻制というシステムを正しいと思うかどうか。くりかえすけど、そんなことはどうでもいい。
我々は封建制の時代に生きていないので「お家が大事」というシステムに則って行動していない。だけど、封建制の時代に生きた人たちの物語を読んで、「お家が大事」という、異なるシステムによって行動する人たちのことを理解することはできるし、共感だってできる。
つまり、マクロスFという作品のなかでは一夫一妻制というシステムによって生み出される感情を描いておきながら、そのシステムを一貫させていない。
作中でシステムが変更された描写なんてのも特にない。ただ、歌を歌っていただけ。
あげくは、作り手が一夫一妻制というシステム自体が正しいかどうかわからないよね、みたいな発言をする。
ただ単に物語として不出来であり未熟だというだけの話だ。一夫一妻制の是非なんて、どこにも関係ないだろう。
しかし、河森さんってランカやシェリルが三角関係で傷ついている描写を見て、どう思ってたのかな。そこがホントに不思議。
[関連リンク]「マクロスF」の最終回って結構ひどくないか? 特に三角関係に関して~河森正治総監督と吉野弘幸さん一体どうなのよ~サテライト『マクロスFRONTIER』しかし、今さらマクロスFについて書いてるのもどうなんだろう?
ネガティブハートにロックオン!オープンハート!みたいなスッキリ感だけはあるけど。