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歴史に残りやすいアニメ、残りにくいアニメ

昔、山下達郎がこんなことを言っていた。

「ロックと違ってモータウンとかは語りにくいんだよね。それで歴史に残るっていくのは、ロックみたいな言語化しやすい音楽のほうなわけ」

あやふやな記憶をもとにしてるんでぜんぜん正確じゃないんだけど、だいたい、こんな意味のこと。

モータウン(・サウンド)が歴史に残っていないかと言えば、そりゃ違う。
実際に今でもちゃんと聴かれている。
しかし、モータウンのような、人を楽しませるだけに作られた娯楽音楽よりも、ロックのような、社会性だとかメッセージ性みたいなのがある音楽のほうが語られやすいし、また歴史に残りやすいってのも確かだと思う。

実際、歴史に残ってるロックバンドのなかには、今聴くと「なんじゃ、こりゃ」ってのが数多くあったりする。
60年代から70年代にかけての、いまだに名前が残ってるロックとモータウンを聞き比べてみると、明らかにロックのほうに外れが多い。
つまり、ロックのほうがその実力よりも過剰に評価されてる印象がある。
(いちおう、私はロックファンなんだけど)

結局のところ、人が人に何かを伝えようとするときは、基本的に言語による。
そうしたときに、ロックのように「語られやすい」ものってのは、人々のあいだに伝わっていきやすいし、また人の記憶に長く残りやすい。
だから、歴史に残りやすいってことだろう。

別に語られやすいものしか歴史に残らないってことではない(実際、モータウン・サウンドは歴史に残ってるし)。
だけど、人々が語りやすいもの、語りを誘発しやすいもののほうが後々まで人気が続く傾向にあるのはたしかだと思う。


宇宙戦艦ヤマトと機動戦士ガンダム

この二つのアニメはともにアニメブームを巻き起こした作品であるけれども、ガンダムのほうがあきらかに人気が長持ちしてる。
これには、いろいろな要因があるだろうから一概にはいえない。
ガンダムのほうは、いまだに新作シリーズが作られていることもその要因の一つだろうし、またガンプラみたいに長く愛される商品群があることもそうだろう。

だから、ガンダム人気の要因を一つだけに定めることはできないんだろうけど、上述した「語られやすさ」ってのも、要因の一つとしてあげられるんじゃないだろうか。
ヤマトとガンダムを比べると、そりゃガンダムのほうが語りやすいわけだし。

語りやすいということにも、さまざまなレベルがある。
ここはとりあえず、便宜的に話を狭めてみると、ガンダムのほうが文芸批評的な語りをしやすい。
ここで言う文芸批評的ってのは、、作品というものを作家の反映であると無意識的に観じる態度のことを言ってるんだけど、富野由悠季っていう人はそうした語りを誘発しやすいんだと思う。
ガンダムに対する愛情と憎悪だとか、またそれを解消したかに見える∀ガンダムにいたる歴史とか。
その他にもニュータイプがどうこう、っていうのもあるし。
そういうふうに作家の歴史と作品というものを重ね合わせて見るっていう態度が、富野及びガンダムを語るときによく見られる。

それに比べると、宇宙戦艦ヤマトと松本零士のあいだには、そういう文芸批評的な語りがなりたちにくい感じがあるような気がする。
あくまでヤマトはヤマトとしてなりたっていて、わざわざ松本零士という作家を参照しなくてもいい、とでもいうような。
まあ、ヤマトブームのときに、どういう語られ方をしたのかっていうのが私にはよくわからないので、そこらへんは断言できないんだけども。

それと松本零士は富野に比べれば個性の薄い人なので(作品の個性が薄いってことじゃなくて、その人となりが激烈じゃないっていう意味で)、そういう部分でも語りにくさってのはあるだろう。


アニメブームを起こした作品というと、このヤマト、ガンダムに加えてエヴァンゲリオンなわけだけど、エヴァはとても語りやすい。
というか、エヴァについて語ってる人なんて、今まで数え切れないくらい見てきた。
庵野という作家も富野と同じく個性の強い人で、また文芸批評的な語りが成り立ちやすいところも共通してる。
エヴァの人気というのは、10年くらい長続きしてるんだけど、その人気の要因の一つは明らかにこうした語りやすさだ。

「語るべきこと」を見つけるのが苦手な人でも、エヴァだったらそれなりに語れる。
そういう語りに対する容易さによってエヴァは言語化され、言語化されたことによって多くの人々に伝播し、そして、それがエヴァを歴史に残る作品にしてる。

とか言いつつも、自分はエヴァについてなんて語れやしないんだけど。
いやー、綾波が好きとか、そういう低レベルのところでしか語れないな、うん。
ついでに書いておくとガンダムについても語れないと思う。
情けな。

まあ、それはともかく、エヴァの語りやすさというものを考えると、たぶん、ヤマトよりもエヴァのほうが人気が長持ちするんだと思う。
ヤマトの人気がどれだけ続いたのかってのはよく知らないし、また「ヤマトの人気は10年続きました」みたいに数量化できるもんでもないだろうけど、たぶん、人気が永続するのはエヴァのほう。


あずまんが大王は語りやすいか?

ところで、こんなふうに「語りやすい作品は歴史に残りやすい」ってことに思いをめぐらしているうちに、それじゃ逆に「語りにくい作品」ってのはなんだろうと思った。

で、自分の頭のなかに浮かんできたのはこれらの作品。


あずまんが大王(2)
あずまんが大王


苺ましまろ 1 (通常版)
苺ましまろ


ひだまりスケッチ 6
ひだまりスケッチ


みなみけ 2 (期間限定版)
みなみけ


要するに、どうってことない日常をまったり描くタイプの作品。

こういうのって、どこがどう面白いのか説明しにくい。
たとえば、自分はあずまんが大王は漫画のほうはすごく面白いけど、アニメはいまいちと思ってる。
だけど、その差異を上手く説明することができない。
せいぜい「作画がちょっと・・・」とか「リズムがどうも悪いような・・・」とかその程度のレベルでしか言葉にすることができない。

また、これらのアニメの面白さってのにも明らかに差があって、まあ、どれがいちばん面白く、どれが詰まらないかということは、ここでは言わないけど、その差がどこからきてるのか説明できない。
言語化することが難しい。
そもそも、これらは明確な物語がないわけだから、どこをどう語ればいいもんだか見当がつかない。

もっとも、私はガンダムもエヴァも語れないような人間だから、そりゃ語れないのも当たり前な話だけど、私に限らずほとんどの人が、これらを語るのに難儀を感じるはず。
「面白い」とか「~(キャラ名)が好き」とか、その程度であれば、言葉にできるだろうけど、ちゃんと一本スジの通った語りを成り立たせるのは難しいだろう。
これら日常系の萌えアニメを語ることができるのは頭のいい人、センスのある人に限られていると思う。

上であげた作品が歴史に残るのかどうかについてはわからない。
けど、とりあえず、語られやすいものと比較すれば、相対的に残りにくいんじゃないだろうか。

ところで、上述した日常系の萌えアニメに「らき☆すた」をいれてなかったんだけど、これは意図的にそうしてみた。
というのも、この一年を振り返ってみると、どうも「らき☆すた」ってやたらに語られていたような印象があったから。

これは、らき☆すたのどこが面白いのかわからないっていう人たちがいて、それに反論する形で語られていたように思う。
結局のところ、そういうアンチの人たちのおかげで、議論が活発化し、らき☆すたという語りにくいはずのアニメが語られてきた。
これって実は、とても幸福なことなんじゃないだろうか。

私はらき☆すたに関しては、大好きってわけでもないけど、そこそこは好き、っていう極めてヌルい態度で接してた。
しかし、こういうヌルい好意よりも、「このアニメが嫌いだ、具体的にはここが嫌い」と明確な言葉で示した人のほうが、このアニメにとって有り難かったんじゃないか、ってそう思う。

てなわけで、これから精霊の守り人とDarker Than Blackとバッカーノについて長文で批判してみようかと思ってるところです。

[追記]
囚人022さんがつけてくれたコメント。

>これは「ちょっと待った」と物言いを付けたい部分が多々あります。少なくとも松本零士のキャラの激烈さは富野さんに負けてないよ?

あ、そうなんですか。
松本零士って、温厚なイメージしかなかったです。
ま、パクリがどうしたってとこはさすがに知ってましたけど。

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